地域ブランドの検証:


薫習房では、一貫して公セクターによる、農水産物や加工品の認証制度への過信を批判している。それは、品質などを認証すれば地域ブランドが確立されるという浅はかな知見の事例に対してであり、そのしくみが概ね、送り手の利益を目的としており、受け手に相違のある価値を提供するという強い想いがなかいからだ。

基準を定めてそれを認証したところで、しょせん、その商品の基本機能を拡充しているにすぎない。それを品質管理を呼ぶならば、当然品質管理は必要だ。しかし品質管理をすれば、受け手に認められ共感してくれて、ブランドづくりに参加してくれるようになるかと言えば、明らかに否だ。にもかかわらず、特産品のブランディングに取り組む地域には、安直な認証制度で全力を使い切っている例が多すぎる。 その無駄をこのWeb全体で、訴えているようなものだ。

しかしここで取り上げるにふさわしい、認証制度がある。今後、地域のベンチマークになりうるブランド・モデルとなっているので、特産品のマネジメントの良い事例としてただひとつ触れてみよう。

現在長野県では、元気な知事の元「信州ブランド戦略プロジェクト」が進行している。今までにも各部局ベースでさまざまな施策が行われてきたが、どの県もそうであったように長野県も例外ではなく、バラバラで統一感のない施策となっていた。それをひとつに束ね、効率的な事業展開を目指そうというのだ。04年5月に担当部署として「経営戦略局」の中に「信州ブランド戦略チーム」が発足したばかりだ。

「信州」ブランドは領域としては広く、包括的なモデルを目指すという。その傘の下には、「循環系(農林産物および加工品)」ブランド、「観光系」ブランドそして「文化芸術系」ブランドなどを想定している。長野県の場合他の多くの県と違い、地理的範囲としては信州でひと括りにでき拒否反応や地域間の温度差も少ないということで比較的スタートしやすいだろう。しかし県レベルのブランド・マネジメントともなれば非常に抽象的で難しく時間もかかるだろう。現在は、調査段階を終え、産学官民のメンバーで戦略方針の策定中だ。今年の8月頃には全体像が見えてくる[当時]。

一方、個別の施策はいくつか既に走り出している。その施策のひとつとして「長野県原産地呼称管理制度(N.A.C.)」は、02年10月にスタートしている。2年が経過して、認証した商品もいくつか市場で評価を受け、手応えを感じ始めている。

本稿は、上位の「信州」ブランドが構築中であることを念頭に置きながら、N.A.C.のマネジメント体制に注目する。


長野版A.O.C.の特長

ワインに少し詳しい方なら、フランスにワイン法があるのをご存じだろう。Appellation d'Origine Controlle(原産地統制呼称)俗にA.O.C.ワインと呼ばれるカテゴリーでは、ラベルに原産地名が必ず記述されており、ブドウ品種や栽培方法、醸造条件なども国が細かく規定している。畑まで記述されていれば、高品質だと保証される。

これを手本として世界各国がA.O.C.を導入しているが、長野県は県として Nagano Appellation Controlle(N.A.C.)を制度化した。A.O.C.を知らなくてもここまで聞けば、フランスの歴史性・本物性、ワインの豊かさなどイメージが膨らみブランドづくりに受け手が参加し易くなっている。ブランド戦略にとってここが重要であり、N.A.C.が他の認証制度と大きく違い、巧いところである。

N.A.C.の特徴のひとつは、領域をワインに限らず農作物およびその加工品と広く視野に入れている点だ。既に日本酒と米に導入しており、今後も焼酎や牛肉などが、検討されていく。


N.A.C.のしくみは、制度の決定機関であり全体を総括する「管理委員会」のもとに設けられる、上記品目ごとの「委員会」と「官能審査委員会」からなる。「委員会」が認定基準を検討決定し、応募出品の仕様面での書類検査をここで行う。

「官能審査委員会」は、実際に味覚審査を行う。合格しないと、認定されないのも大きな特徴のひとつだ。"旨い不味い"という基準ではなく、長野県独自の個性ある味であるかどうかが審査される。他の認証制度でも同様のことはやっているとの意見はあろうが、N.A.C.が巧いのは、極めて戦略的にこの制度を運用している点だ。

例えばワインや日本酒でいえば、官能審査委員に著名なソムリエや酒類ジャーナリストをずらりと揃えている。中の1人は田崎真也氏で、そもそも知事とともにこの制度の仕掛け人でもあるわけだが、ここまでのビッグネームが味を認めた、となれば受け手誰しも、興味が出ないはずがない。情報発信力がある、ことが審査委員を依頼するときの隠された基準ということになる。われわれ専門家のとる高度な戦略であると評価できる。

戦略的運用のもう一つは、認定数を絞っていることだ。日本酒の方は多くの銘柄が認定を受けておりまだ改善の余地がありそうだが、ワインは限定的だ。それぞれのロット数も少なく、認定を受けて間もなく売り切れという銘柄も出てきた。長野県内で作っていれば概ね認定されるという運用法では、酒屋にずらりと認定マーク入りのボトルが並んでしまい、有難みがない。そもそも生産者保護というような、他の制度にあるような送り手発想が希薄で、飲んで楽しいワインを作ろうと委員が受け手サイドの制度運用をしているので、こうなる。しかし、生産者も売り切れという現象はかつて経験がなく、やればできるという感触を農家も醸造家も感じていて、事実品質が如実に上がってきているようだ。

それがまた審査員の口から発信され、報道され、売れるという好循環になり始めている。官能審査会自体、コミュニケーション上の接点として位置づけられている。消費地:東京でひらかれることもあり、認定ワインが審査員とともに飲めるパーティが企画されたりもする。N.A.C.の基準書などをみると、紙面上はいかにも行政が作った形式で、他の認証制度とさして変わりがないように見える。しかし実際には、マーケティングマインドに溢れた血の通ったしくみが運用されている。リーダーおよび人材の優位性が大きな要因かもしれないが、他地域がキャッチアップするには、研修教育、外部の活用をすれば良いということでもある。

長野県といえば、ワインも日本酒も米も、決して一番ではない。山梨県もかつてA.O.C.を試みたというが、ワイン王国が故に生産者サイドがまとまらなかったという。勝沼町だけが単独で、制度化してがんばっているようだ。日本酒も、山田錦という酒造好適米のNo.1品種が温暖な地域でしか生産できないという点がネックとなって、北国の酒どころでは域内原料調達が難しく、なかなか構造破壊の機運は見えてこない。その間隙をぬって、小国長野が上手く抜け出そうとしている、という図だ。


「長野県原産地呼称管理制度(N.A.C.)」のブランド・モデル
(用語はこちら参照)

[ブランドネーム]N.A.C.に裏付けされたワイン(代表としてワインに注目してみる)
1)送り手 管理委員会(ワイン委員会とワイン官能審査委員会)
2)夢・理念 信州の自然の恵みで、食卓に健康と笑顔を
3)"まち"の強み 飲み手のプロを官能審査委員に選任(受け手の代表であり、オピニオンリーダー)
4)"まち"の領域 長野県内の、ぶどうと水を使い生産されたワイン
5)シンボル 認証マーク
6)受け手 主には県住民、そして来街者のワインファン
7)共同送り手 生産者、県内の酒流通業者
8)約束 選ぶ時の心地よい迷い


ワイン委員会は、他の地域の認証制度同様、その特産品の作り手が多く委員を務めている。それでも長野の場合、民間の流通業者(ワインを売って生活している)がちゃんと入っているので、生活者の意見を代弁できる。しかしなんと言っても、官能審査に、著名なソムリエを迎えることで、全く性格の異なる認証制度となった。ソムリエは、受け手の代表だ。ワイン好きが高じて、その職人になった訳だから、審査のプロである。だから、受け手からの信頼も厚く憧れも強い。それが“ブランドへの参加”を促すのだ。気持ちの上で、イメージで、豊かさを感じられるようになる。
全国の認証制度も、こうした、受け手がいかにして参加できるかを必死で考えなければいけない。


※「日経グローカル」(050207号)掲載記事をもとに修正加筆

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