「宇都宮餃子」で70万人の来街
栃木県の県都・宇都宮市は2度戦争で焼かれているため、歴史的な街並みがほとんど残っていない。城下町として栄えた歴史があるにもかかわらず『栃木市のほうが由緒正しいらしい』などという印象を持たれているのも仕方のないところかもしれない。
結果、風評として『何もないまち』になってしまう。
とはいえ行政の中心ではあるし、新幹線も高速道路も整備され、生産基地としての企業集積も高い。定住人口も増加傾向にあり、都市圏として活力がないわけではない。事実餃子プロジェクトが始まった1990年当時は、かつては全国一の過密度と言われた百貨店も顕在で、商業人口は入超だったに違いない。
ちなみに現在[03年9月当時]の宇都宮市は、松江市など全国の都市と同様の要因で、中心街の空洞化に悩んでいる。地場資本の百貨店の倒産と大手百貨店の撤退が続き、わずか3年の間に3つの核施設をなくした。ただ跡地再開発が決まったり、別の流通資本が入ることが決まったようで、活性化への努力はなされている。 |
こうした深刻な事態を予測しての餃子プロジェクトでは、決してなかったと思うが、今となっては70万人とも言われる来街者はまちを間違いなく活性化させている。
そもそも餃子プロジェクトが始まったのは他者からの認証欲求の高まりだったと思われる。餃子をPRするというアイデアは、行政の観光課から発想された。来街したいと思わせるのが仕事の観光課の職員は『宇都宮って何県?』と聞かれるたびに、何とかして知名度を上げたいと渇望したに違いない。その拠り所として「餃子の消費量日本一」という、総理府の家計調査結果に目を付けた。しかもこの数字には、飲食店で食べる餃子の額は入っていない。宇都宮市民にとっての餃子とは、他の地域で言えば、子供にとってのコロッケやたこ焼き、大人にとっての焼き鳥のような位置づけで、ライフスタイルにとけ込んでいたものと思われる。家庭で食べる頻度が高いだけでなく、まちのあちこちでおやつ代わりにまたはビールのつまみに提供されていた。
まさに、地場に根付き愛されていた商品、郷土料理だったといえる。頭で考え出された特産品開発ではないのである。こうした単純シンプルで、それでいて本物のストーリーが受け手に共感を呼ぶ。そこに、ブランドとしての確立の第一歩がある。
ここから地道なPR作戦と送り手の組織化、そして幸運なテレビ番組とのタイアップとサクセスストーリーは始まるが、インターネットや他文献に詳しいのでここでは割愛する。
残念ながら、今こうして客観的にみると、テレビ番組とのタイアップは大きかったと言わざるを得ない。単なるパブリシティという枠を超え、宇都宮餃子の売り出しそのものをテーマとして7週も放映されたのだから。この企画がなかったら、今の宇都宮餃子があったかどうかは、神のみぞ知るである。
しかし交流産業という領域で、行政職員が先導してここまで成功を収めた例は稀であろう。観光課としては、食にこだわる必要はなかった。宇都宮には大谷石など、他にも固有資源は多い。中で"日本一"というシンプルな優位性に、"選択と集中"した結果だと思う。他の地域からは『あれだけテレビ番組でPRしてもらえれば、うちだって』というやっかみも聞こえそうだ。しかし、それは違う。番組制作者という受け手のひとりを突き動かした"伝えるに足る相違"を持っていたからこそ、職員の熱意が伝わったのである。相違すなわち強みがあったからこそ、偶然はおこるべくして起こったのである。ブランド・マネジメントとは、強みを確実に創造し伝える手法である。
それでは、日本一の餃子消費という強みを他地域が今後の参考とできるよう、ブランドの視点から掘り下げてみよう。
「宇都宮餃子」のブランド・モデル(用語はこちら参照)
中国東北部(旧満州)からの引き揚げ者が多かったことから宇都宮では、本場の味を忘れられない人たちが、自分たちで工夫しながら自然と餃子を売るようになった。その特徴の一つは、餃子専門店が多いということだ。大阪には何軒か専門店があったようだが、宇都宮ではそれが当たり前の風景であった。メニューは餃子しかないという店も多い。ライスすら、ないのだ。従って注文の仕方は、餃子という言葉も使わずに「やき、すい1枚ずつ。それとビール」のような言い方(焼き餃子と水餃子1皿ずつ)となる。これは、経験のない来街者にとっては、すこぶる楽しい。
その一人前の値段が、また安い。中心価格帯は200円台。まともなボリュームである。500円以上の店もある反面、170円でがんばっている人気店もある。たかが餃子に東京から2時間かけてリピートする者には、何ともうれしい価格でのおもてなしである。庶民的な造りの店が多いようだが、価格と釣り合いがとれていて雰囲気を良くしている。
そして店の数が多い。餃子の味の種類が、多い。どの店で、どの味にするか迷ってしまう。従って、食べ較べようかという遊び心に発展する。ラーメンのはしごはそうはできないが、餃子なら、値段も量も手頃である。迷いは逆に、満足感を刺激する。
食を説明するのに上記では筆者は、"美味しい"という言葉を使っていない。食の話ならば美味しいのは当たり前で、しかも受け手にとって機能的便益でしかない。上記は、機能プラス情緒的便益を提供しているのを説明しているに他ならない。美味しい上に"楽しい”"うれしい""満足"を提供できているから、宇都宮餃子はパワーブランドになり得たのだ。
ではそれを生み出しているのは何か?
それは、競争共栄だと思う。過密なまでの餃子店の集積の中で、生き残りをかけた良い意味での競争がそれを生み出している。新規参入組の若々しい挑戦と、中堅どころの新商品開発。がっぷり四つに組んだ老舗2チェーンのライバル意識。味や出店立地や、価格、販促に至るまで、マーケティングという言葉は知らなくともしっかりとマーケティングしている。こうした競争心が、知らず知らずのうちに来街者に、ちょっとした店員との会話からあるいは餃子を焼く職人の真剣な目つきから伝わるのである。それが情感を揺らす。 |
また送り手は、協同組合を作って自ら競争ルールを作って共栄の道を探っている。「宇都宮餃子」は送り手全体の商標であり、努力の甲斐あって登録商標となったものである。
こうした送り手の、市場にも似た活気あふれる競争原理が、宇都宮餃子の本当の強みなのだろうと思う。その強みを核として、図のようなブランド・モデルを研き出せたからこそ、パワーブランドを確立できたのである。
行政がステークホルダーに回りつつも、初期においては先導し実行期においても強力にバックアップするというモデルが、最も据わりがいいようである。
[ブランドネーム]宇都宮餃子
1)送り手 |
協同組合 宇都宮餃子会 |
2)夢・理念 |
宇都宮の良さを全国に知ってもらう |
3)"まち"の強み |
餃子店同士の競争共栄、その結果としての、安さ・うまさ・種類の多さ |
4)"まち"の領域 |
宇都宮市域の 餃子店(餃子販売業) |
5)シンボル |
来らっせ(日替わりで21店の餃子が1カ所で味わえるテーマ館) |
6)受け手 |
東京も視野に入れた来街者、および地域住民 |
7)共同送り手 |
市、商工会議所、そして餃子を愛し続ける宇都宮市民 |
8)約束 |
食べ比べ食べ歩きの楽しさ |
以上は、03年9月の原稿(若干加筆)だが、今振り返れば薫習房にとって宇都宮餃子の調査は、エポックであった。
宇都宮餃子のブランド力の特徴は、【領域】と【共同の送り手】そして【強み】にある。
まず“まち”の領域を、餃子という特産(=食品)とはせず、店(=交流産業)としたことが特筆だ。餃子は今や国民食で、全国どこでも、外でも家庭でも食べられる日常食である。そんな成熟市場に、食品として参入しても勝ち目は薄い。そのことをちゃんと知っており、例えば商標の管理=使用基準も、市内で営業している店か、販売する商品にしか使わせていない。大消費地・東京ですら、宇都宮餃子は売らせない、卓越したマネジメントである。
次に気づかされたのは、行政の役割だ。この頃まで薫習房は、自治体や行政の働きについて疎く、決して“まちおこしの専門家”ではないために、地域マネジメントには一定レベル以上の、送り手としての自治体の役割があると考えていた。しかし宇都宮を調査して、行政の役割は「黒子に徹する」べきだと確信を持った。うすうす感じてはいたが、宇都宮市の沼田氏のポジショニングは見事であった。やはり公セクターは、利益の再配分と弱者救済が本分であって、総花的に平等を目指すのは行政マンの性分であろう。そこには、強者への加担の理はない。今でこそ「選択と集中」は見出しとして計画書に踊るようになったが、いくら書いても実体としての動きはまずは無理であろう。“まち”の送り手は民間にゆだね、その下地づくり、黒子、“ばか者の発掘”に行政は集中すべきである。
そして、「競争共栄の原理」の発見は、大きかった。そもそも地域とは、多様な主体の共同体である。そこでは共同体意識もさることながら、競争意識が人を動かすことは、体験的に自明だろう。オリンピックやワールドカップのチームスポーツに、それは見て取れる。外の敵との競争はもちろんだが、ルールを守りながらも、人よりも努力し打ち克った者が賞賛されるというルールが内包されていなければ、人は動かない。ブランド・マネジメントの要諦のひとつは、一貫性=統一感だが、地域ブランド・マネジメントにおいて、多様な主体と一貫性をどのように理論的に習合させるか大きな課題であったが、「競争共栄の原理」を導入することで見事にブレークスルーできたのである。見ていただきたい、全国の成功事例を。どこかに、競争と共栄の原理が、埋め込まれているはずだ。 |
※「日経地域情報」(030901号)掲載記事をもとに修正加筆
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